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2006.11.07

夏草の賦


普段よりさぼり気味でしたね。

連休はMさんが実家に帰ってきて
装苑12月号やら「夏草の賦」やらPS2を持ってきてくれたので
とても楽しかったです。
それでブログさぼったとか、別にそんなことはないですよん。

司馬遼太郎の「夏草の賦」は長曾我部元親の話。
そしてMさんが持ってきたPSのソフトが戦国BASARA2なのです。

おかげで本読んでいても
頭の中の元親はBASARAのキャラ。
釣竿もってて、「アニキ!!」とか呼ばれている人。

下巻なんかそのギャップのせいで余計切ないです。
長曾我部家は時代の波に乗れず(最後は乗る努力もしなかった)
時代から消えていくので。

でも読んでよかった。

高知に行ったときは
なんでこの愛すべきド田舎から坂本竜馬みたいな人が現れたのか
全く分からなかったんですが
「夏草の賦」を読んでなんとなーく分かりました。
一領具足の意味も
そこから始まる郷士の歴史も。
なあるほど。
歴史は突然あらわれるものじゃないですもんね。

司馬遼太郎の「酔って候」の山内容堂の話も
勉強になりました。
上士から見た郷士がどんなものであるか とか。
「酔って候」は島津久光の話が個人的には面白かったです。

「夏草の賦」の長曾我部家は「戦雲の夢」で消えます。
切ないのぅ・・・。

これに描かれる元親は人間くさくて親しみが持てます。
ネガティブで手厳しいことをするくせに
それが心に引っかかって、くよくよするところは
なんかこう、他人じゃないね という感じ。
自分の意見が絶対である、という感覚に徐々に陥ってしまう老い方なんて
生々しいですね。

下巻にある高知出身の作家、山本一力さんの解説に
「司馬さんが『夏草の賦』で描いた長曾我部元親は、土佐人の長所・短所の両方を備えた人物として活写されている。
思い込んだら命がけで、わき目もふらずに突き進む。
しかしひとたび飽きると、見向きもしなくなる。嫌気がさすと、投げやりになる。」
とある。

まさに元親はこんな感じ。
後年は生きにくかっただろうな。

ちなみにずっと「賦」が読めませんでした。
「ふ」でいいんですかね。

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