--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013.05.10

すむところについて考える

震災備忘録 という記事でさらっと触れていますが
震災二日後に実家を出ました。

もちろんそれ以前にすべて段取り済みで、
地震があったから家を出たわけではありません。

私はあまり昔のことを指折り数えて思い出すのは好きじゃありません。
頭がもやもやしてくるんです。

でもこの数年の変化に関しては、文章に残しておきたいなと思いまして。
今後の覚悟のために かな?

2010年の冬、祖父との確執でもう家の中(つか私)が限界でして。
12月に引越し直前まで行きました。
でも父のとりなしでナシに。
その後父が仙台転勤になり、その時点でいい時期に家族で仙台に行こうと思っていました。
会社にもそう話し、一年後には辞めるつもりでいました。
私が地元嫌いなのも、家の状態も知っていた社長はうんうん、と聞いてくれました。
本当に感謝してます。

2月、箍が外れた状態で再度の限界を迎え、警察呼ぶ寸前に。今でも呼べばよかったと思っている。
今度はマジで引っ越します!
荷造り完了!部屋も決めたしあとは出るだけやー!!

そして巨大地震。

地震当日ですよ、部屋の契約したの。3.11。
停電の中で自然光頼りに判子押したのを覚えてます。
あんな中店を開けてくれた不動産屋さん、ありがとう!
とにかく部屋に入れなければ、引越し屋さんが来てくれても何もできん!と焦りました。

実家を出てからは割と淡々と過ぎましたかねー

辞めると伝えたにも関わらず、正社員にしてもらいました。
次探すときにいいだろうと言われ。
色々思惑がないわけではないのは分かりますが、素直に嬉しかったです。

2011年の秋ごろくらいまで普通に生活してました。
地元のお祭りを「職場で見るの今回で最後だなー」と思ってました。

状況が変わったのは父が石巻に転勤になったときです。
仙台に家族で暮らすつもりで部屋も借りていたし、
そのつもりで辞めるって言っちまったよ(笑)!

今更覆せないので辞める気でしたよー 
でも社長に「状況どうだ?」と言われ、暗に「残ってもok」的なことかっ!と都合よく解釈し
事情を話し、「末永く宜しくお願いします(?)」とお願いしました。
正直ここは分岐だったと思う。別にこのまま辞めたって良かったんですよね。
初めて「私どうしたらいいと思う?」を連発しました。本当に分からなかった。
で、結論として、大嫌いな地元に残ることにしました。この選択は後悔してません。

その前後から、一軒家はリアルにいけるだろうか と考えるようになりました。
2010年12月に探したとき、4人で普通に暮らせる部屋は、7万以上の家賃が必要でした。
そのことはずっと頭にあったし、もともと一軒家願望は強かったので。

地元に残ることとともに決意したことが「家を建てる」でした。
最初は冗談と思ったでしょ(笑)?

20代後半、こないだ正社員になったばかり、女性で未婚です。
家のローンなんか組めるかっつーの!

まず土地がないし。土地は地道~に探し、同時進行で業者も探し。
建築業者の担当サンに散々駄目出しされ、2012年の夏に土地がやっと決まりました。
一括で両親が購入。本当に感謝してます。場所が今住んでるアパートの道一本先という近さ。

そこからは大体いわゆる「家を建てる」スケジュールどおりだと思います。
こんな感じ、というラフ案を元に、銀行から融資を受ける。
ただ私だけでは住宅ローンなどというものに太刀打ちできないので、
父と連名で組みます。一応私がメイン。年齢的なもので。

しかしこの銀行が一番のストレス要因でして!
出来の悪い担当者に当たり、アレがない、コレがない、また来て、の繰り返し。
仮審査が通ってもうほぼ融資決定なので
住宅業者は土台組み始めるし、でも払う金がこっちに入ってこないし!
払えないのに工事進みまくるし!

そんでもって時期を同じくして仕事で一番頼りにしていた人が辞めてしまって。
もーおおおおああああ!!!!なんてこと!!!!!  
このときもすっごく色んなことを考えました。仕事のこと、自分のこと・・・
それが2013年1月前後のオハナシ。

お金が入った瞬間、ストレスが吹っ飛んだのを実感しました。
鬱々としてて周りには迷惑かけたと思います・・・すまん。

地鎮祭を3月10日にしましたが、この日は記録的な暴風。
ええ テントぶっ壊れましたよ。
「覚悟しろよ!!」と言われたようで身の引き締まる思いです(笑)

そして今、骨組みが出来上がって、窓も入り、ほぼ「家」になっています。


自分がローンを組むことのリスクと、可能性を狭めることは重々承知です。
自由をなくすこともアリだろうと思うんです。
「どこにでもいける」状態は、いいようで責任がないと思う。
特に今の私にはそう思います。

実家を出たのは私のわがままです。それに付き合わされた他の家族の、実家を奪ったのも私です。
だったら実家を作らなきゃじゃないですか?
これで誰かと結婚でもして、ふら~とどこかに行けるか?
それは私の性格上無理でしょうねー

お金についてもそうです。
実家に我慢していれば、没落貴族的な生活は出来たでしょうね。
腐っても貴族、みたいな。
でも むり。

自分のお金で生活することの、地に足の着いた感じのほうが清清しい。
というかそれが普通でしょう。
ある分で暮らすのが分相応というものだろうと。

旧実家(と社長が言う)から離れて2年ちょい。ちょうど震災と同じだから数えやすい・・・
今現在他の家族は皆石巻にいて、ほぼ一人暮らしです。
ひとりだと色々考えます。

何より、離れてよかった。
当時、ずっと怒ってました。まわりすべてが面白くなかったです。
思いやるとか、他人のことを考える余裕がなかったと思います。
お金の使い方もひどかったなー
トラブルを「なんとか丸くおさめよう」なんて思いつかない考えだった。
解決策はほぼAll or nothingの極論だった。
離れて、その毒気が客観的に見えてきた。

今この歳になって、こういう経験を経て、やっと人並みに近づいたというか(笑)
まだまだ足りないでしょうけど・・・

言うまでもなく家族、
先まで考えてくれた社長、
お金で仕事しているとはいえ、悪天候の日もマジメに作業を続けてくれる業者さん
思い返すといろんな人に支えられているなと。

地鎮祭の日なんて、
本当に文字通りテントの足それぞれを業者さんが渾身の力で支えてくれたので
テントが飛ぶことなく、建てる前からお隣ともめなくて済んだんです・・・
飛んでたらえらい問題になるとこでした。
あ もちろん今もとくにトラブルないですよ。

自分の性格が「優しい」かというとそうではないと思います。
きつい方だと。
ただそれが、今までは「私はそんなこと知らんし、そんなの自分で考えろ」や
「私はここまで物事考えて行動してるのに、なんでそんなこと出来ないわけ?」
みたいな、八つ当たり的なキツさだったと思うんです。
根の深いイライラだし、常に毒っぽかった。そしてそれが「普通」だったんです。

大学の4年間、地元を離れましたが、その4年では毒が抜ききれなかった。
体調は良くなったけど、まわりとの関係性をうまくこなせるようになるには時間が足りなかった。

地元に戻って、その4年との落差に馴染めなかったですね。
ずっとあった違和感がはっきり見えた感じがしました。

当時お付き合いしていた人に
「喧嘩のときに逃げ道がなくなる、相手を追い詰めすぎる」と言われたことが
ずっと頭に残っています。
「条件つきでしか受け入れてくれない」とも。
それが「普通」だろ・・・
言われた当時はそう思っただけでしたが、今ではそれが普通じゃないことくらい分かるように(笑)
悪いことしたな、と思います。そしてよくそこまで分かってくれてたな、とも。

「家」というのは、息を詰めて緊張して過ごすところじゃないです。
「相手が自分に良くしてくれる限り相手を受け入れる」ところではないです。
もっと穏やかなところであるべき。

でも、そうでない状況で暮らしたほうが期間が長いので、
自分で気をつけて意識しないと、また同じことを繰り返すほうに傾いてしまうと思います。
そして意識している限り、そうなりかけたときの拒否反応が激しいだろうと思う。
だから 頑張りましょうね!!

こういう風に暮らしたいな、と家を建てる人はみんな考えると思います。
私の場合は「静かに、穏やかに暮らしたい」。
ちょっとにぎやかなのはOKです(笑)
休みの日に、窓を開けてぼーっとお茶を飲みたいんです。
耳栓のためにウォークマンが手放せないのではなく、ただ音楽を楽しむためにウォークマンを使いたい。

祖母の病気が決定的になったとき、「一人で暮らせる部屋を借りたい」と言われたんです。
その時、とめてしまったことを後悔しています。
世間体やお金や手間のことを考えて、それが最後のSOSだったのに気づかなかった。
そのときにカゾクが解体されても良かったんです。
本気で考えなかった。
もう同じ轍は踏みません。
何かに対して 常にそのときが最後と思って向き合おうと思う。
だから「家」を建てます。

こういう風に考えたことを忘れないように
長々と書きました。
たまに書いたと思えば長ぇし重いよ!と思う(笑)
でもブログってこーいうもんでしょ(笑)?
昨今はツイッターで連投ということも出来ますが・・・
私にとってはツイッターは情報収集ツールと対Mさん連絡用なので。


時系列で書くと自分の中で整理できて いいわー
でも当分またちんたらした記事しか書きません。

あと クラフトフェアに行くので!超楽しみですの!
「貴婦人と一角獣」展ほか、行きたい展覧会にも行ってきますの!


スポンサーサイト

この記事へのトラックバックURL
http://redbloodrapunzel.blog.fc2.com/tb.php/1252-6160e7b2
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。