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2010.06.15

異人論


これ 面白いです。
ちょっと前に買ってあって 放置してたんですが
最近合間合間にちょこちょこ読んでいます。

アマゾンのレビューでは絶賛されています。
私はそこまでこの世界に詳しくないので
何もかもが新鮮。

アマゾンの商品説明↓
異人=妖怪=神とは。
「異人殺しのフォークロア」をキー・コンセプトに、
これまでの学問が隠蔽、無視し続けてきた日本文化の「闇」の相貌、
記憶から抹殺されてきた精神の深層を、
鋭利に浮上させる刺激的な論考。ニューウェーヴ民俗学の誕生。

・・・よく分かんないですよね。
そもそもフォークロアってどういう意味?
ウィキによると「古く伝わる風習・伝承など。またはそれを対象とした学問。」
とあります。
なるほど。

じゃ 異人ってなに?

一言で言えないけれど・・・
この本では
「民族社会の外部に住み、さまざまな機会を通じて定住民と接触する人びと」
とされています。

異人殺しについては具体的な事例がいくつも載っていて

比丘尼塚 この辺の九頭竜川堤防は氾濫ごとに切れたので、
村人は占者の言に従って通りかかった尼を捕まえて人柱として生き埋めにした。

年の暮れも近い寒い晩に物部村の某家に一人の見知らぬ老婆(「山姥」だとされている)
が訪れてきて「私の家のじいさんに餅をたらふく食べさせてくれないだろうか、
そうしたら、この家を金持ちにしてやろう」という。
「暮れじまいもろくろくできない貧乏な家に、どうして人にたらふく食わせる餅が搗けようか」と家族一同思案したが、
なんとか餅を用意しようということになった。
老婆は、そのお礼として高きびの穂を一穂、家の者に贈った。
いよいよ暮れも押し迫った約束の二十八日の晩に、一人の老人が訪れてきて、
用意された餅をたらふく食べて、「来年もまた来るぞ」といって満足気にどこかへと帰っていった。
年が明け、播きつけのときに老婆が置いていった高きびの穂をまくと、大豊作であった。
翌年の暮れも、その翌年の暮れも、その老人は訪ねてきては餅をたくさん食べて帰っていった。
こうして年が経つにつれ、老婆の言葉通り、だんだんと暮しが豊かになった。
ところが、ある年のこと、暮れの忙しいときに訪れてくる老人をうるさく思って、
もう二度と来ないように、この老人を殺してしまおう、ということになった。
いつものようにやってきた老人に、餅の形をした焼石を食わせ、お茶だといつわって油を飲ませて、この老人を送り出した。
やがてその老人は体が焼け始め、臼のような骨になってしまった。
今そこをウスノクボという。
それ以来、その家の運が傾き出したので、暮れの二十八日は餅をつかないのを家例とすることになった。


などの事例から
異人についての観念が民族社会のなかでどのような形で機能していたのかを
考察しています。
文章は論文です。ちょっと堅苦しい。
けれど、理路整然としていて分かりやすいんです。
だからぐいぐい読める。

事例はもう少しえげつないものもあります。
載せられそうなものをのせただけ・・・
事例だけ読んでも面白いし〜
読みたくなると思うんだけど。

頭の中の映像が「北神伝綺」なのは仕方ない。
民俗学といったら私の中では柳田國男だもの。


異人論―民俗社会の心性  ちくま学芸文庫 ¥945

高!! だってちくまだもんね・・・
でも内容が濃いのでその価値はあります。
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